Mar.2012

さとシエが経験した最初の撮影事故は、世界遺産になる前の熊野古道を訪ねた帰り道、伊勢湾に面した小さな浜でのできごとだった。

ちょうどネットデビューして1年、投稿サイトのBBSで人気者になり、投稿するたびに30を越えるレスをもらっていい気になっていた頃。二人とも撮影が楽しくて、その日も春は名のみの3月初めにもかかわらず、朝から河原の露天風呂や古道の峠など、チャンスさえあればサティっていた。「サティる」とは、「妻の全裸ヌード写真を撮る」という意味の隠語である。さとみのネット上の愛称「サティ」から派生した自動詞で、他に野外でサティるのに適した場所を意味するサティ場という名詞もある。

伊勢湾沿いの国道に車を停めて、絶壁につけられた小道を下ると、ぽっかりと小さな浜に出た。美しいリアス式海岸の入り江を背景にした絶好のサティ場である。背後は崖で、まさか一乗谷ではあるまいし、いきなり人が下りてくる可能性は皆無だろう。沖には船がたくさん浮かんでいるが、船上の人は豆粒くらいにしか見えない。だから

「向こうからボクたちを見ても豆粒だよ。」
「そうね。」

一旦覚悟が決まると、さとみの潔い脱ぎっぷりは、見ている方がはらはらするほどである。生まれたままの姿で波と遊んだり、貝殻を拾ったり遊び始める。これはボクのいつもの注文である。撮り手もモデルも素人なので、ムリにポーズをつけず自然に遊んでいる姿を離れたところから狙うようにしているのだ。さとシエ作品のナチュラル感の秘訣。我ながらさすがだ(笑)と思っていたのだが、考えてみると真っ裸で無邪気に遊んでみせるサティの才能の方が稀有なのかもしれない。

さて、ナチュラルな岩登りを撮っていると、沖を見ていたサティが言った。

「ねえ、シエナ。」
「え?あ、ちょっと今動かないでよ。」
「あの船、ずいぶん近くに来てる気がするけど…」
「はいはい、笑って笑っ…なぬ?」

あっと驚くためごろおー!

近いどころか、大きな漁船が真っ直ぐこちらに向かって来る。しかも甲板に立つ二人の男が大きな双眼鏡を覗いているではないか。うわー!この至近距離では双眼鏡の視野に映るサティは全身が入りきらないほどのどアップだろう。

賢明なるサティファン諸兄はもうお気づきだと思うが、漁船の正体は密漁監視船だ。一帯はサザエやアワビ、そしてその名も伊勢エビの漁場である。パトロール中に偶然怪しい人影を発見したものか、はたまた通報があったのか。もとより無実のボクは、ことさらにデジカメをあちこちに向けて「ただの」撮影をアピールし、その間にサティは物陰で素早く身支度する。監視船の報告書にはたぶんこんなふうに記録されたことだろう。

「14時マル7分、第六紀宝丸からの通報を受けて○浜南に急行するも密漁事実なし。観光客による写真撮影を確認。以上」

ちゃんちゃん。


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