Mar.2012

「バイソンはいつでも見られるの?」
「さあて、オレも行ったことはないからわからんね。」

…と、バーのオヤジ。そういうものである。ボクも東京ディズニーランドに一度しか行ったことがない。でも心配することはなかった。バイソンはそこら中を我が物顔で歩いていた。


「バイソンは危険です! 近づかないでください。」

ボクは車を路肩に寄せ、20Dに70-200を装着した。

「お前は車から出るなよ。」

慎重に開けたドアを盾にし、窓枠の上にレンズを置いて構える。西部警察みたいじゃん。70-200を構えたまま、すり足でドアの前に回りこみ、後ろ手にドアを閉めると、気分はすっかりワタリテツヤである。それにしてもバイソンの迫力はすごい。飼っているわけではない。乱獲で絶滅の危機にあるために野生の状態で保護されているのだ。今この距離で、急に突進してこられたらひとたまりもないな。そう考えると、手にじわりと汗をかいてくる。

ゆっくりとズームをワイド側に引いてくると、ファインダーの中にサティが入ってきた。

え!?お、お前、何してるー!

って、いかんいかん。バイソンを刺激しないよう無声音。

「あたし、バイソンと記念写真撮るー♪」

な、な、な…。大きな声出すなよ。

ひょえええ。牧草地に入ってるしー! さとみの背後で何頭かのバイソンがちらりと興味なさそうな目でボクたちを見ていた。

「サティるか。」
「うん、いいよ。」

「サティる」とは、「妻の全裸ヌード写真を撮る」という意味の隠語である。さとみのネット上の愛称「サティ」から派生した自動詞で、他に野外でサティるのに適した場所を意味するサティ場という名詞もある。

もうかれこれ30分近く通る車はない。バイソンの丘は申し分のないサティ場だった。野牛とサティというのも考えたのだが、キワモノになりそうだったので、はるかプレーリーを見下ろす斜面やオイルウェルを背景に選んだ。このあたり、二人の好みは一致している。

そのピックアップトラックがどこから現れたのか全く不明だ。

360度、視界を遮るもののないサティ場なのである。トラックは明らかに観光ではなく仕事中だった。どうやら牧場の車はプレーリーの中にもたくさんの農道を持っているようだ。トラックはガタゴトと近づいてきて、

「ひゅー♪ひゅー♪」

と、口笛を鳴らしながら、呆然と立ち尽くすボクたちの横を通り過ぎ、砂埃の中に消えて行った。

一頭のバイソンが退屈そうに欠伸をした。笑うしかない。

町への帰路は西側をまわる道を選んでみたが、気絶するほど退屈な風景に変わりはなかった。

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